僕の地獄に音楽は絶えない

「大学の男連中がやたらと最近"キミと合体したい"って言って"やばー"みたいな感じで笑いあってるんだ。俺はあれが気持ちが悪くて仕方ない」
そう言ってきたのは慶應大学に通う、高校からの友人の木下だった。
「創世のアクエリオンだな。わかるよ。俺の大学の男達もそんなこと言っていた」
「観たことあるか?」
「いや、全くない。だけどみんな口々に"アクエリオン舐めてた""アクエリオン予想より熱い"とか言ってるよ。ただ生憎、俺の大学は臆病者ばかりだ。合体したいを口説き文句に女性に言っている男は見たことがない」
「それは俺の大学も同じだ」
「歌は知っているか?"一万年と二千年前から愛してる"ってやつだ」
大学二年生くらいの頃、AKINOの歌う創世のアクエリオンがとても流行った。
よく頻繁に他大学の女子達と合コンをしたり、あるいは非モテSNSや2ちゃんねるのオフ会に参加していた私は、そこでいくカラオケで毎回誰かしらが創世のアクエリオンを歌い、それを聴いていた。
一万年と二千年前から愛してる。
なぜそれは一万年と二千年で区切る必要があるのだろうか。一万二千年前では駄目だったのだろうか。
加えてこの歌をうたう連中は、なぜこうも平気で出ない裏声にチャレンジするのか。
Mr.Childrenの365日という歌で、"君に触れたい。心にキスしたい。昨日よりも深い場所で君に出会いたい"という歌詞がある。
『昨日よりも深い場所、って一体どこなんだろう?』
そんなことを呟いていた女子高生がいたと聞くが、彼女の抱く疑問に比べると、私のこのアクエリオンの歌詞への疑問はあまりにも陳腐だ。
「もちろん知ってる。俺はアニメは観ていないがあの歌がとても好きだ」
そう木下は答えたが、それは結構意外であった。
「アニメを観ていないのにあの歌の良さがわかるのか?俺は同級生とのカラオケでうんざりだよ」
「わかるさ。湘南台の駅前にパチンコ屋がある。俺はいつも駅前のコンビニでカップラーメンを買った後、そのパチンコ屋の前を通る。すると店頭でBGMが流れてるんだ。何度も何度もリピートされて。それが創世のアクエリオンだ」
「お前はパチンコなんかしないだろう」
「ああ。だからパチンコはせずに、毎回店の外で歌っている」
そう言うと木下は、「ここの部分が好きなんだ」と続け、口ずさんだ。
【この気持ち知るため、生まれてきーたーっっああああっ!】
「この"ああああっ!"が良いんだよ」
「お前はわかってないな。良いのはそこじゃないよ」
私は反論し、負けじと口ずさんだ。
【君の名を歌うためーにぃ…ぃい…】
「この"ぃい…"が良いんだよ」
「いや、わかってないな。"ああああっ!"だ」
こっちはサビ前が2回あり、いずれもああああっ!だから2回も聴けてお得だ。
いやいや、こっちはその直前のくーしゃくしゃになったとしてーもーぉぉっおっおー!も抜群に良くて、そこからの"ぃい"がたまらないんだよ。
私たちは訳の分からないアクエリオンパンチラインディベートを続けたが、討論は答えを導き出せなかった。
「ならいまから駅前のパチンコ屋に行って確認しよう」
そう持ちかけてきたのは木下だった。
前日私達は自主制作の映画を撮っていた。
深夜まで編集をして、木下の家で酒を飲み、仮眠を取った後が冒頭の会話た。
時刻は11時をまわっている。パチンコ屋は開いている。
「じゃあ俺は帰るから、その前に確認しようか」
私はそのように了承すると、すぐに身支度を整えた。
「朝ごはん食べる?炊いたけど」
どうやら木下は私より早く起きて米を炊いていたらしい。
少し前にいま木下が指差す炊飯器についている茶色い染みを、私が「お前の炊飯器、ウンコついてんぞ」と指摘したことで若干ケンカになった。
「ウンコなわけないだろ。中古で買ったんだから仕方ないだろ染みは」
「なら元の炊飯器の持ち主がウンコしたんじゃないか」
あの炊飯器で炊かれた米を、彼はまた私に食べさせようとしている。
私はそもそも中古で炊飯器を購入するということ自体に正気を疑っていたので、当然ながらその提案は喧嘩にならない程度にやんわりと断った。
○
湘南台の駅前は毎日学生で溢れている。
この辺りには木下の通う慶應義塾大学他、多くの大学が密集しており、さながら高田馬場や市ヶ谷、あるいは京王多摩センターのように、学生の街としての側面を持っている。
10時前であればパチンコ屋の前に大層な列ができていて、趣味の悪いチェック柄の制服をきた若い店員が整理券を配っているのをよく目にした。
あの長蛇の列が何を示しているのかは、パチンコを一切やらない私には皆目見当もつかないと言ったところだが、時刻は既に正午過ぎ。
まばらな人数がやや急ぎ足で自動扉の向こう側に消えていくのが確認できた程度だ。
なかなかアクエリオンのBGMがかからないので、私達は路上で特に何かをすることもなく、思い出話に花を咲かせた。
「来年にはもう就職活動を始めなきゃいけない。大学生活は4年間遊び放題だなんて嘘だ。結局3年には将来を決めなくちゃならないし、その前の2年間は勉強と単位だ」
「将来やりたいことがあるのか?」
「ないから頑張って良い大学に入ったんだよ」
で、あるならば同じく将来やりたいこともなく、なのに低い学歴大学に入り、4年間目一杯遊びまくってやろうとしている自分は惨め以外の何者でもない。
「映画でも撮るか。将来も」
「お前は日大芸術学部のOBに、才能が無いって言われてただろ」
「あれは逆にそいつの才能が無いんだよ」
「だとしても…映画じゃ食えないだろ」
俯きながら噛み締めるようにそう呟いた後、木下は絞り出すように「働きたくねえなあ…」と言った。「生きていくには働くしかないもんな」と続けて。
ようやくけたたましいアコースティックギターの音と共に、創世のアクエリオンが流れた。
世界の始まりの日
生命の樹の下で
くじらたちの声の遠い残響 二人で聴いた
直前までのネガティヴな会話はどこへやら、あああっ!…ぃい…論争はどこへやら。
アニメなんか観ていないと言っていたはずだったが、私も木下も当たり前のように一言一句間違えることなく歌詞を口ずさみだした。
当然裏声なんか出ない。
けれども曲が進めば進むほど、私たち二人の声はどんどん大きくなった。
Aメロが終わり最初のサビが終わり、Bメロに突入する頃には、人目も憚らず私達は熱唱していた。
蘇れ、永遠に枯れぬ光。
汚されないで君の夢。
祈り宿しながら、生まれてきた
ああああっ!!!!
この曲を歌う我々に感情なんて無いはずなのに、感じる幻視的な痛みごと、私と木下は叫んでいた。
○
THE FIRST TAKEでAKINOが登場し、創世のアクエリオンを歌った。
最後にこの曲を聴いたのはもう15年近く前だ。
当時からAKINOの歌唱力は他の追随を許さないレベルで圧倒的であったと思うが、時を経てこうしてマイクの前に立ち、何かを語るでもなく発せられた第一声は
一万年と二千年前から愛してる
であった。
原曲には無いアレンジでのサビスタートであったが、やはりそれはどんなに時が経とうが不変的に圧倒的だった。
一万二千年を歌う彼女に、十五年なんて時間はあまりにも些細でちっぽけだ。
懐かしい。いつ何度聴いたって名曲。
同時に、木下のことを思い出した。
木下は、間違いなく親友だった。
私が彼の炊飯器にウンコがついていると言ってブチギレられたこともあったし、
彼がわざわざ私が彼女といる時間を狙って家を訪れ、AVを借りようとしてきてブチギレたこともあった。
自主映画だって一緒に撮ったし、吉沢明歩のサイン会やイベントにだって行ったし、2ちゃんねるのオフ会で代々木公園で鬼ごっこだってやった。
一緒に湘南台の駅前のパチンコ屋に向かって、創世のアクエリオンを歌った。
だが親友であるのに、あれは間違いなく青春の良い思い出なのに、いつの間にか私はその事象も、思い出も
木下という親友のことさえも、たったの15年で忘れ去ってしまっていた。
特にケンカをしたわけでもないが、お互いの環境が変わり自然と会う時間が減った。
折りたたみ式の携帯電話はスマートフォンにとって代わり、連絡手段はメールからLINEに代わっていった。
私がスマートフォンを持ち、LINEをインストールしてしばらく経った頃にはもう、彼の連絡先なんかわからなくなっていた。
風の噂で木下は心を病み、会社を辞めたときいた。
共通の友人も、全く連絡がとれなくなったと言っていた。
彼は繊細なタイプではなく、どちらかというと図太いくらいだ。
休み時間に菓子パンを食べていて、菓子パンを食うなと激怒した教師に、「授業中ならまだしもなんで休み時間にパン食っただけで怒られないといけないんですか」と言い返すほどの男だ。
噂が真実だとすれば、そんな男ですら、心を病ませるほど、いまの日本社会はたまりにも厳しい。
でも俺は思い出した。
思い出したんだよ木下。
元気か。このファーストテイク、観てるか?
やっぱり名曲だわ。
で今ならわかるけど、やっぱり"ぃい…"より"ああああっ!"の方が良いかもしれない。
まあどっちにしろ名曲だよね。
もうそうすることがなんの意味もなさないのはわかってるけど
また一緒に映画撮ろうよ。
ミッシングチャイルドビデオテープみたいなホラーをさ。
俺たちはもう若者ですらない。
でも思うに、まだ10000年と1985年くらいの時間が残ってる。
そんな気がするんだ。
家のリビングで、私は動画をもう一度観ながら、いまは一人で熱唱をした。
見守る僕が、眠れない僕が
くしゃくしゃになったとしても
君の名を歌うために…ぃい…!
君は誰の為に生きているの?
23:45、暗闇の中でただ一人仕事を続けていた私は、ようやくPCを閉じた。
その瞬間に、1,000㎡近くある大きな室内からすべての光が消えた。
暗闇と静寂が、私の虚無感を増幅させていた。
「いまから修正しろってことですか?」
「そうするのか別の方法にするかは任せるよ」
18:20。
翌日から開始する案件をともに進めていた他部署の武藤さんから着信があった。
定時は既に過ぎているが電話に出ると、武藤は開口一番「契約書に間違いがある」と言った。
「金額が違う。予定にない業務が入っちゃってる」
「いやその業務は予定通り明日からスタートですが」
「いやいや俺聞いてないよ。手配してないよ」
「いやいやいや聞いてないことないでしょ。一緒に定例会出てその時決まった話じゃないですか」
「・・・でも金額が発生するのは聞いてないけど」
「いやいやいや・・・」
電話口の向こうから武藤が近くにいる誰かに「なんか金額発生するし業務あるとか言ってる」という声が聞こえた。
すぐに女性の声で『はあ?いまから処理すんのなんて無理だから』と聞こえ、武藤が「だよねー」と答えていた。
その女性が石橋という事務で、彼女は自分の都合で業務を行い、気に入らないと臍をまげて仕事を拒否する老害として有名だった。
しかし彼女は役員の妻のため、ないがしろにはできず、それがまた彼女を助長させていた。
「じゃあそっちの部署都合を優先していまから明日の12時前までに契約書を修正し捺印しろってことですか?」
「いやだからそこは任せるって。こっちの判断じゃないから」
「そっちの判断も何も・・・。チェックバックは2週間あったはずですよ。なんで捺印後に、しかも業務開始の前日にその指摘があるんですか」
「わかるけど直すもんは直さないとでしょ?」
「武藤さんお願いしますよ。“業務は無いけど金額が発生しない”。そんなこと今の世の中あるわけないでしょ。事務のおばちゃんの機嫌とるためにそんな糞みたいな解釈言い訳にしないでくださいよ」
「でもそれは言うべきでしょ?俺聞いてないもん」
「わかりました。修正します。ただ、一部業務が実施できないことは、武藤さんから顧客に謝罪してください」
「わかった。それはこっちでやっておくよ」
電話を切り、時計を見る。
長電話ですでに18時40分。
既に定時は過ぎているが上長に報告し、再修正・・・捺印手配・・・再チェック・・・
明日9時に申請部署に手配を掛け10時迄に捺印。横浜の客先まで12時前に行き捺印を直接押してもらい締結。
いずれにせよ今日中にいちから業務内容を見直し各所の了承を得て契約書修正・・・間に合うのか・・・
私は思わず頭を抱えた。
反対側のエリアから武藤と石橋が大声で話しているのが聞こえた。
『まだ帰らないの?』
「なんかこれから客に謝罪の電話いれないといけないんだよ」
『えー!?いまから?あっちが悪いのに?』
「まあ仕方ないよね」
『えー!かわいそう!なんかお金あっちに請求したほうがいいんじゃない?』
クソが。丸聞こえだよ。
頭上を見上げ瞳を閉じ、脳内でゆっくり6まで数字をかぞえる。
数年前からとにかくどんなことがあっても、誰かに怒り狂うことをやめるようにした。
感情的に怒ることには一害あって一利なし。
そのためにサッカー元日本代表の前園がやっていたアンガーマネジメントを真似してみることにしていた。
だが今日の私には、それは意味をなさなかった。
冒頭、23時45分。
ようやく目途が付き、終電前に家に帰ることができた。
だがこのペースでいけば朝6時に起き、7時には会社についていないといけない。
最近こんなことばかりだ。
家に帰るときには翌日1時近くになっており、風呂に入り、食事をして、その数時間後には出勤している。
毎日が、ただただあっという間に過ぎ去っていく。
楽しいことが何もない。
最近は数カ月前まで毎日遅くまで起動させていたPS4も、小説を書くことはおろか日々の日記もつけていない。
欠かせないルーティンや楽しみだったのに、それをやる時間がもったいないく、また、面倒で嫌になってきてしまった。
日記も調子が悪い。
なんだか誰かの目に止まることが、とてつもなく嫌になってしまった。
終わりなのだろう。
〇
帰りの電車内でも会社携帯でこの日やれなかった業務をチェックしていたため、自分のプライベート携帯を開いたのは家に帰ってからだった。
ライン通知が入っていたので見てみると、川崎からyoutubeのURLが『これ観た?』というメッセージとともに送られてきていた。
それは9年ぶりに再結成されたキマグレンの代表曲、LIFEのファーストテイク動画だった。
私が大学生の頃、キマグレンはでデビューをし、まさにそのLIFEは大ヒットとなり、瞬く間にトップアーティストの仲間入りを果たしていた。
砂浜に押し寄せる波に向かい、叫ぶように歌う二人の姿が印象的なPVをなんとなく覚えている。
たしかに私は映画“鈍獣”が大好きで、主題歌となったゆずとキマグレンのユニットであるゆずグレンの“two友”という曲もとても愛していた。
LIFEも好きだった。けれども当時から陰鬱な学生時代を送っていた私に、“海の家の仲間”で結成されたというステータスは眩しく、また、くだらないサークルやゼミの馬鹿げた打ち上げでLIFEを歌う同級生たちがあまりにも嫌いで、そのせいもあり決してキマグレンは好きではなかった。
「泣きたくて、笑いたくて、本当の自分、我慢して伝わらなくて」
と同級生たちは声高に歌ったが、そんな感情は当り前だし、何を我慢することがあるんだよ、とひとり八つ当たりに近い突っ込みを心の中でしていた。
それから10数年以上たち、またこうしてLIFEを聴くことになる日がくるとは思わなかった。
動画冒頭の2分。
すぐに音楽が始まるのではなく、KUREIがキマグレンの解散から再結成に至るまでの経緯を語る。
「なんかすごく嫌になっちゃたんだよね、音楽が。なんか本当はこうしたい、ああしたいっていう気持ちがあったはずなのに、こうしないと、こう見られないとって思う気持ちがどんどん大きくなって、それが押しつぶされそうなくらいもう嫌になっちゃって、でもうキマグレンを辞めて音楽からも離れようと思って・・・」
そこに前述の私のイメージである海の家のお兄ちゃん達(つまりなんの悩みもなく楽しく享楽的にワイワイするようなイメージを勝手に抱き、苦手に感じていた)はいなかった。初めから。
「この一曲に全部込めていきましょう、僕らの今までの人生」
ISEKIが続ける。
「さ、始めましょう」
軽快なりズムと共に懐かしい情景と歌声が流れる。
だが、それは、あの頃には聴こえることがなかった彼らキマグレンの人生そのものだった。
こ、こんなに素晴らしい曲だっただろうか。
彼らの人生に彼らの感情が混ざり、それが時に私の人生にも交錯する瞬間があり、心が震える。揺らされる。
なんなのこの曲、知ってるのに、知らない。
この素晴らしさに、そしてこの物語を、私はいま初めて耳にしたのだ。
音楽を聴いて「泣いた」なんて情けない。ナルシストや自惚れの所業だ。
だけれどもこの曲を心が噛みしめる度、私は涙を流してしまった。
「ラスト1ステージいくぞ!」
そう叫んでから感情丸出しで歌う「泣きたくて、笑いたくて、ほんとの自分、我慢して伝わらなくて」を聴いたとき、私は顔をくしゃくしゃにしながら泣き、笑い、歌っていた。
動画を観終えてすぐに深夜1時半近かったが川崎にラインを送った。
「すっごい恥ずかしいけど、泣いた。ほんとに」
眠りにつき、翌朝5時に起き、6時に家を出て、9時前にようやくすべての仕事が落ち着きそうになった時、自分の携帯に川崎からラインが届いた。
『わたしも』
とだけ書かれていた。
◯
『結局また、同じ業界に就職しようとしてる、私』
と川崎は言った。
数年前に川崎は勤めていた会社を辞め、自身の夢となっていた職業に転職した。
『バカみたいな話だけど、やっぱりうまくいくわけないんだよ』
そう自嘲気味なラインを送ってくる川崎に
「楽しくないの?いまの仕事」
と返してみた。
『仕事が楽しいわけないよね』
と彼女は言った。
私もだ。
人生が通過していく。
◯
「ごめんね」と武藤は私に言った。
「そもそも全部お任せでごめん」と。
「いえ。こちらこそ」
私が笑顔でそう返すと
「色々…気を遣わないといけなくて。ごめんね」と武藤は続けた。
以前までなら熱くなった私自身を恥じていたかもしれないが、いまの心の中は無であった。
どうせまた、気を遣わないといけない時がきたら、私は彼に傷つけられるのだから。
幸福は有限の資源だ。
だからこそ誰かの光の裏で、泣く私がいる。
そう考えると私は、名も知らない誰かの為に生きているということになる。
『大丈夫だよ。まともそうに見える。
ミスするの同じポイントならもう確認しまくるしかないと思う。
道は自分が大変なだけであんまり他の人に迷惑かけないと思う。
時間は相手が諦めるからこういう人間と思われるまでそのままでいいと思う。
相手の気持ちはちゃんと分かってくれてるよ。
少なくとも私はそう感じてる』
私が悩みを吐露すると、川崎はそう答えた。
「じゃあもう1ステージ頑張るか」
そう返すと彼女は
『歌い切ってから、一緒に死のうか』
と答えたのだった。
奢る奢らない論争外伝
奢る奢らない論争というものがある。
おそらく何年も前からそれは存在していたのだろうが、再燃したのはいったいいつからだっただろうか。
多様性、人間価値・・・そういったものに時代がフォーカスするようになったことがきっかけに思えるがとにかく、”デート代は男性が奢るべきか、それとも女性と折半すべきか”という議論は、双方性別の固有の考え方もあるのか、とにかく収拾がつかない。
平等性、デートにかかる労力、常識・・・あらゆる観点から、各々がその部分については考え方をもっているのだろう。
あくまで私個人は、”デートは全額奢る”派だ。
これはシンプルに、私は自分に自信がないので、”こんな私に時間を使ってくれる対価”として当たり前のものだと思っているからだ。
なので”男性が払う”、”女性が払う”、ということではなく、”私は払う”だ。
それを踏まえてこの日記を読んでいただければと思う。
〇
『私の友達にはね、男性なんだけど凄い人がいるの。きっとあなたの人生変えてくれると思う』
「あれ?それはマルチとかネットワークうんたらの切り口に聞こえますが」
『ううん。ビジネスはやってない。お金ももらうつもりもないの私も彼も。でもあなたの性格とか今までの経験とかで辛かったり変えたいことをね、彼は手助けしてくれるはず』
「それが詐欺っぽいですよ」
『ほんとにそんなことないよ。一銭もいらないしなんの登録もない。ただその友達に会ってみてほしいんだ』
青は私にそう告げると、すぐに携帯電話を取り出した。
「いやあ、恥ずかしいですし、やめときましょうよ」
『でもほんとにすごい人だよ』
「どんな人なんです?」
『まず帰国子女だから何か国語も話せるの。コンサルタントだから相談もうまいし。とにかくトークは面白い。たとえば乱交パーティとか行ってもね、絡まないでずっと喋ってるから司会とかやらされるんだよ』
「なるほど、”まわす”のがうまいんですね」
『ほんとすごいよ。全部面白いし。いまから呼ぶ?』
「乱交するってことですか?」
『何言ってんの?w』
「いや、だって乱交パーティ云々って」
『あはは。とにかく呼ぼうか?』
「いやいいですよ。すごい人と会うとか萎縮するし」
『大丈夫だって!会ってみなよ』
「あの、結構です。別に変わらなくていいし、なんならわざわざ初対面の男にプライベートで会うなんてまっぴらなんで。僕恋愛対象女性ですから」
はっきりと面会を断ると、青は露骨にふてくされてしまった。
青と出会ったのはもう15年近く前だ。
mixiで日記を書いていた私がとあるコミュニティに入会し、そのオフ会で初対面を果たした。
その直前に当時20前後の私に50前のおばちゃんがすごく慣れ慣れしく触りまくってきて、しまいには酔っぱらって私の陰部を触ってきたので「触るなばばあ」と一蹴したところ、そのばばあは泣いてしまい、それを見た青が説教をかましてきたのだ。
私からすれば性被害の自衛なので、怒られる筋合いがないと思っており、青に対しても非常に感じ悪く接し、それがさらに彼女を激怒され、その場で出禁を通達されたのだ。
それから15年後の昨年末、mixiで別アカウントで日記を書いていたところ、私だと気づかない彼女がコメントで絡んできて、あれよあれよというまに飲みにいくことになったのだ。
過去が過去だけにばれる可能性もあったが、さすがに15年もたったしあの頃イケメンであった私は現在は見る影もないほど劣化しているため、気づかない可能性のほうが高く、そこにかけるには十分であった。なぜなら青はエロいからだ。
過去はいくらでもリセットできる。
それの証明のためにも、青とのsexは不可欠であった。
それなのに・・・。
彼女の言う”友達”が誰なのかもわかっている。
私ががあの15年前のオフ会でばばあに絡まれまくった際に、「お前人生の先輩なんだから言うこと聞けよ!」と煽ったあの中東系の男だろう。
彼は青の言う面白いなんてことはなく、ただずっと下品なことをしゃべり続けるだけだったし、そのつまらなさに反した自分は面白いという自信が本当にサムく、共感性羞恥が沸いてすごく嫌だった。
よって会うわけがないのだ。
そんなことより、私はsexさえできればいいのに。
目の前の青の不貞腐れは露骨で、見るに堪えないレベルだった。
〇
トイレから戻ると、青が別の男性と楽しそうに談笑していた。
途中から隣の座席にきた単独客で、年齢は48から55くらい。
若作りのえぐいオッサンだった。(木下ほうかをイメージしてほしい)
このオッサンは私が席に戻るなり、「お兄ちゃん、ちゃんと彼女の話聞かないとダメだよ」と言ってきた。
どうやらこれまでの私と青の会話を隣で聞いて、不貞腐れている青に私が不在の間に話しかけたようだ。
「こんな美人相手なんだから、全部男は言う通りにするの。じゃないとやれないよ?」
『ちょっとお兄さんwでもほんとだよ!』
実は私はこういう居酒屋に男女カップルでいくと、こういう単独オッサンに絡まれる機会がわりと多い。
そしてこういう、絶対あわよくば女と絡みたくて居酒屋来てるだろ系単独オッサンが絡んできた場合は、まるで彼がそこに存在していないかのように無視するの限る。
適当に愛想返しするとこいつらは加速して、なんなら永遠と絡んできかねない。
なので私はこの木下ほうかオッサンの絡みを本当に一切無視し、青に性加害をした。
「ねえ青さん。今日のパンツは何色なの?どんな下着?最後にヤったのいつ?誰と?」
といった感じに。
すると最初は「お前面白いこというね!」なんて言っていた木下ほうかはだんだんと不機嫌になっていき、最終的に「無視すんなよ」という問いかけを私が無視したことで激怒し、「お前表出てやるか?おい」と暴行をにおわせてきた。
本来であれば女性の手前恥ずかしいことはできないので、無視しても引き下がられたときは早々に退店し、店を変えることにしているのだが、今回はその女性が青なので、まあ胸倉つかまれでもしたら警察呼んで被害届だそうくらいの気持ちになっていた。
しかしここで青は『ちょっと待って!』と間に入り、何やら木下ほうかと小さい声で話をした。
木下ほうかは私を強くにらみ続けはしたが席に座る。
『もう出よう』と青が私に言うので、それに従い私は会計をした。
しかし私が怒りを感じたのは、ここからである。
〇
居酒屋を出た後、私の腕を引っ張る青に逆らうように私は立ち止まり、もらったレシートを見ていた。
冒頭記述した通り、こういう場面でのお会計は全部私が負担するつもりでいたので、当然のように支払いを一人で行ったのだが、その金額に違和感があった。
そしてレシートを見てみると、確実に頼んでいない飲食物が含まれているのがわかった。
トマトハイ、グレープフルーツサワー、くじらベーコンに串焼き5種・・・
このあたりは私はもちろん、たしかに青も注文していないはずだ。
「ねえ青さん、なんか会計間違えられてるかも」
『どれ?見せて』
「なんか別の席の会計が混ざっちゃってるみたいです。この辺頼んでないですもんね」
『ああー。大丈夫。あってるよ』
次に青が放った言葉は、私には信じられないものだった。
『さっきのお兄さん(木下ほうか)に迷惑かけちゃったでしょ?だからお詫びにあの人の飲食代も全部こっちの席につけてもらったから』
それが耳に入るやすぐに事態を脳が把握し、私は大声を出してしまった。
「はあああああああ!!!!????」
『迷惑かけたんだから仕方ないよ』
「はああ!?かけたも何も絡んできたのあっちでしょ?何言ってんすか?」
『先に話しかけたのこっちだし、実際失礼もあったじゃん』
「話しかけてねーし、むこうが絡んできておいて失礼もクソもないでしょ」
『いや、私から話しかけたから』
「はあ?なら青さんが払ってくださいよ」
『ごめん。ちょっと持ち合わせが』
「ならあのオッサンの分だけでいいですよ。4,000円くらいです」
『ごめん、今なくて』
「4,000円が?」
『うん』
あまりにもムカついたのと呆れもまじり、私は周りに響くようなあえて大きな声で
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
と深い深いため息をついた。
そのため息はもはや暴力に近く、青はびくっ!と動きを止めた。
「お前もういいからその友達の凄いやつに4,000円持ってこさせろ今すぐ」
そう捨て台詞を吐いて私は彼女に背を向け、一人で駅に帰った。
これを記している現在も、この怒りは燃え盛るばかりだ。
思い出すだけで腸が煮えくりかえる。
トータルすれば金額は20,000円くらいで、勝手に青がつけたオッサンの金額は4,000円程度だ。
だがそんな金額がどうこうではなく、単純に彼女がとった行動に本当に頭にきている。
許せない。だめだ。殴りたい。
親の前とかで殴りたい。
〇
そもそも、奢る奢らないに関しては、単に関係性によるだろう。
初対面であったり、そこまで関係が構築されていない相手については、それは人間なのだから、まず当たり前に財布を開いてもらえるなんてことはありえないと考えるべきだ。
その関係性でいけば、ずっと口説いていたガールズバー嬢がプライベートで出かけたときに何も言わずに割り勘で飲食代を支払ってくれたのがとんでもなく気持ちよかったのを覚えている。
仮にそれが戦略であったとしても、素晴らしいことだ。
それに比べて青は0点だと思う。
そりゃあ身体は爆弾だ。だがそれが身を結ぶのも関係性ではないか。
15年前、彼女は私に『失礼だ。謝れ』といった。
ならば現在、私はその言葉をそのまま彼女に返すべきだ。
「失礼だ!誤れ!氏ね」
もっとまともな出会いは、私には訪れないのだろうか。
少しだけ、怒りとともに、悲しくもある昨今だ。
深夜高速
「俺は5年で必ず課長になります。だから腐らずに、一緒に出世しましょうよ」
1ヶ月前、私はもといた1課から人事異動で2課へとうつることになったわけだが、担当案件を引き継ぐ相手は中途入社の25歳の佐々木だった。
「私はこの3週間一緒に仕事をして、ほんとに勉強になりました。だからこそ、また一緒に仕事したいんです。お互いに成長して」
うるせえよ、と心の底から思った。
しかしそれを口にしたところでどうにもならないことなので、ただただ私は「まあ俺のことはいいから。応援してるよ」と軽く遇らうことにした。
私は間違いなく部長に嫌われていた。
どんなに数字をあげても、どんなに社内委員を率先してやっても私の評価はBであり、部長はそのフィードバックを私に一度も行っていない。
しかもあろうことか私のいないところで新たに1課に配属になった課長に「面倒な奴がいなくなってこれでやりやすいだろ」と部長が言っているということも判明してしまった。
意味なく誰かに好かれやすい場面もあれば、反対に意味なく誰かにやたら嫌われる場面もある。
本当はなんらかの意味があるのかもしれないが、それを知ったところで心は崩れていくだけなので、"意味なく"嫌われている、で良いと常々思う。
まして今回に至ってはそうしないと下手をすれば死を選んでしまう。
「部長が先輩と飲みたい、って言ってました。今度どうですか一緒に」
佐々木がそう話しかけてきたのはそれから2週間後だった。
「それは嘘だな。俺は部長に嫌われてるから」
「本当ですよ。言ってましたもん」
「ってかもう部長と飲みに行ってんの?」
「はい。そうやって一緒にお酒飲んで仲良くなって、働きやすい環境にして、成果をあげたいんです」
「いつの時代だよ。酒で成り上がろうとすんなよ」
「でも実際うまくいきます」
「いかねーよ。そんな関係いらねーよ」
「切磋琢磨したいんです。なんでそんな無碍にするんですか。チャンスかもしれないじゃないですか」
「体調悪いんだよ。部長によろしく伝えといて」
そう言って佐々木を振り切るように私は家路についた。
◯
渋谷駅から京王井の頭線に乗り、駒場東大前駅で降りて目的地へ向かう際、私は過去を思い出していた。
最後に駒場東大前に降りたのはもう15年以上前で、あの日就活生だった私は、汗をかきながらリクルートスーツで下着メーカーの会社説明会に向かったのだった。
その日の午前中、大学で友人とリクルートスーツのままPSPのディシディアファイナルファンタジーで遊んでいたところ、既に内定を決めていた大矢が私の肩を叩き、「遊んでる場合かよ」と苦言を呈した。
「今日説明会だろ?アドバイスするよ」と大矢は言ったが、私はそれに対し「いや、いらんけど」と冷たく返答した。
たしかに大矢はそれなりの企業から内定を貰っていたが、そもそも大矢は熱心な某宗教法人の信者であり、内定企業はその某宗教法人のフロント企業であると有名な会社であった。
当時の私には偉そうにする大矢も、わけのわからない宗教法人も、大矢が毎日連れ歩いていた安い杓文字のような顔の女もクソ以外の何物でもなかった。
「ほら。そろそろちゃんとしないとヤバいだろ。スクールバスの時間だから中で話そう」
「いや俺バス乗んないし」
「は?駅までどうすんの?」
「歩くから」
「え?徒歩40分もあるぞ?」
「知ってるけど?」
「説明会前にわざわざ疲れてどうすんだよ。ほら。バス乗るぞ」
「俺は疲れて汗だくの状態で説明会に参加して、下着会社に就職しようとしてるエロい女たちにワキから出る汗の臭い撒き散らしたいんだよ。だから歩くんだよ」
そう言うと近くにいた友人達がドッと笑ったので、大矢は「好きにしろよ」と輪に入らないようにどこかに行った。
そして40分掛けて山道を歩き、汗だくで井の頭線に乗り駒場東大前で降りたわけだが…実際私は疲れきってしまい説明会どころではなくなってしまった。
それでも綺麗な女の子達と同僚になれるのなら…となんとか会場まで辿り着いたが、席に座っていたのはほとんどがやたらとチャラチャラした男ばかり。
説明会の内容も明らかに私が全く携わることが一切ないような畑違いなことばかりだったので、結局疲れ果てたまま会場を後にし、エントリーすらしなかった。
帰り道、駒場東大前という東大生くらいしか降りなさそうな駅で電車を待ちながら「もう二度とこの駅で降りることはないんだろうな」と思った。
それが15年後、こんなに失意のまま仕事で舞い戻ることになるとは。
まあ長い人生だ。そういうこともある。
わずか10分程度で仕事は終わってしまい、次の予定まで何をしようかと考え、この昔のことをふと思い出した。
せっかくだからまた汗をかこう。
私は駒場東大前から渋谷まで二駅分、歩いて移動することにした。
◯
「いやーまさかここに異動することになるとは。よろしくお願いしますね」
「あー異動されるんですか?まだ内辞でてないですよね?」
「お仲間には先に伝えようと思ってね」
「そうなんですか。じゃあみんな知ってるんすね」
「いやいや、クビ仲間だけですよ」
「どういう意味です?」
「僕も同じでクビになって追い出されたんですよ。一緒に底辺からがんばりましょう」
50歳の豊田は私の下へ駆け寄るやいなやそう言った。
豊田は各現場を巡回する係だったが、入社28年でPCは一切使えず、見積作成や報告書作成はもちろんのこと、メールも打つことができない。
文字の変換もできなければ改行もできない。
今年初頭、部長が「見積も営業も事務処理もできないのに経費だけがかかるのはおかしい。だからあなたにもノルマを課す」と直接注意があったものの、
「そんな仕事をする契約をしていません」と反論し、以後外出先でずっと携帯ゲームをやっていた。
糖尿病の持病がありながらファストフードを毎日食べ、コーラをがぶ飲みする生活は当然ながら彼の健康を蝕み、ある日業務中に倒れ、病院に緊急搬送されたわけだ。
彼が倒れた当時、それが労災になるかもしれないということに加え、会社携帯から登録したアダルトサイトよりウイルス感染がなされたことで一部の情報が流出し、社内はとんでもないピリピリ状態であった。
その豊田が復帰し、異動させられ、”クビ仲間”と私を呼ぶのだ。
「豊田さん、業務は何するんです?僕らと一緒に営業やるんすか?」
「いや、自分は外出禁止なんで事務処理と見積作成をとりあえず1か月で覚えるように言われてます」
「大変すねー」
「これで事務処理覚えたらきっと現場に飛ばすんですよ。そこで所長にされて部下とかもたせるつもりなんだろうね会社は」
「いやそれはないですよ」
「ええー。ほんと?」
「だっていまの現場の所長はみんな技術もあるし数字も管理できる。資格もPCスキルも持ってますよ。豊田さんみたいにそのどれも持ってない上に実績も運転免許もない人は所長なんかさせてもらえないですよ。甘くないです」
「いやまあ…たしかに自分は何もないですけど」
「俺はたとえクビであったとしても、いまもノルマもあれば数字もある。やらなきゃいけない仕事は山ほどある。それから!何より俺は健康診断で健康が危なかったら食生活に気をつけたり運動したりして保険に入ってます!入院したって入院代は当然払えます!同僚から15万円内緒で借りてボーナスで返すからとか言って入院代にあてたりしません!ボーナスがちゃんと貰えるように頑張りましょうね!!!!!!」
翌日、豊田は鬱病の診断書を会社に提出し、再び休職へと入った。
人事から同日電話を受けた私は「何かハラスメントにあたるような発言をしたか?」と言われ
「彼が私をクビになったとバカにしてきたので一緒にするなと言いました。あと、健康に気をつけろと同僚に借金すんなとちゃんと働けといいました」と伝えた。
「気持ちはわかるが良い方は気をつけよう。向こうも大事にするつもりはないみたいだから、上には報告しないでおく」
そう言われ「申し訳ありませんでした」と謝罪し、駒場東大前へと向かった。
◯
神泉駅前に差し掛かろうとした際、ラブホテルの前を通った。
乱交の町、神泉…。
23歳の時初めて参加した乱交パーティーで訪れたラブホテルで、大人数でチェックインするというカルチャーショックを味わったホテルだ。
何人もの人数でラブホのエレベーターに乗るなんて経験はなかったし、きっとこれからも無いのだろう。
何もかもがわからないので黙って部屋の隅にいると隣にいたオジサンが無言でひたすらバルーンアートを作りまくってたのを覚えている。
沈黙に耐えられず「上手ですね」とバルーンおじさんに話しかけたが、彼は私がまるで見えていないかのように無視をし、引き続きバルーンアートを作っていた。
「はーい自己紹介〜」と幹事のオジサンがが言うと『よろしく〜』とリサという女がスカートをめくり、Tバックを突き出してきた。
完全にそれに魅了されてしまった私は、その女に誘われるがまま隣の部屋へ行ったのだが、なぜか先程のバルーンおじさんが私の背後からピタリとついてくる。
一緒にシャワーを浴びた際もバルーンおじさんはついてきたし、私がリサという女の左乳首を舐めていたときはバルーンおじさんは右乳首を舐めていた。
最終的には『そこはNGだから』と言われていたにも関わらず執拗に腋の下を舐め続け、『やめてって言ってるだろ!」とブチギレられているバルーンおじさんを見て、私の息子もげんなりしてしまった。
正直、女性の言いなりになって言うがまま行動し、何人もの男がそこに群がる光景なゾンビでしかなく、その中の一員に自分がなっていることを瞬時に俯瞰で理解してしてウンザリしてしまったので、もう二度とそういう類の会に参加することはないだろう。
『この後時間ある?』
先程とはうってかわり服をきたリサがそう言ってきたので、私はプライベートな誘いなのかと思い、「何もありません」と言うと
『みんなでカラオケ行くから参加してね』と無理矢理参加させられた。
そんな煩わしいことせずにエロいことしたいからこういうパーティーに参加したのに、なんで何もかもが終わってからその煩わしいことをせにゃならんのだ、と本当に嫌な気分になった。
しかしいまさら断るわけにもいかず、渋々そのカラオケにも参加した。
「好きな歌うたっていいから」と言われたが参加男性はSMAPや嵐やジャニーズばかり歌うのでついていけず、黙って烏龍茶を飲んでいた。
乱交パーティーでもカラオケでも俺は部屋の隅で黙っているのか…
そんなことを考えていると、Tバックのリサが『これ、私がいれたー』と紛らわしいことを言いながらマイクを持ち、歌い出した。
『生きててよかった!
生きててよかった!
生きててよかった!!!』
聴いた事の全くない歌だった。
とにかく、生きてて良かった!!を連呼する姿が印象的だった。
生きててよかった!!って…
よくさっきまで何本も咥えて楽しんでおきながらそんな歌を叫べるよな…歌詞死んでまうわ…と思いドン引きしてしまった。
2023年9月、10月。
あれから10年が経ち、当時は世界の舞台に手すら届かなかったラグビー日本代表が、ワールドカップでとんでもなく熱い試合を続け、日本中が感動に包まれていた。
同時にその試合中継の合間に流れるSMBCのCMで、岡崎体育が熱唱している歌詞が私に刺さる。
「生きててよかった!
生きててよかった!
生きててよかった!!」
テレビで観た時は、すげえ良いじゃんこのCM…という気持ちが勝り、どこか聞いたことがあるような気もしたが、有名な曲っぽいからきっとなんかで耳にしたんだろうくらいにしか思わなかった。
だが、この神泉のラブホを前にして、一気に当時の思い出が蘇り、私は思わず叫んでしまった。
「あの時のTバック女が歌ってた曲じゃん!!」
懐かしい。一気にこの曲に関する興味が増し、すぐにイヤホンをし携帯電話からこのフラワーカンパニーズの"深夜高速"を聴く。
なんだこの曲は…もうなんなんだよ。めちゃくちゃ良いしめちゃくちゃ刺さるよ。
あの当時は生きててよかったーとヤリマンが能天気に快楽を得て大喜びしてるだけの曲だと思っていたが全然違う。
壊れたいわけじゃないし 壊したいものもない
だからといって全てに 満足してるわけがない
夢の中で暮らしてる 夢の中で生きていく
心の中の漂流者 明日はどこにある?
生きててよかった
生きててよかった
生きててよかった
そんな夜を探してる
探してんじゃねえかよ、そんな日を。
探してたんだな、あの人。あんなパーティーに参加してながら。
戦っちゃってんじゃんあの人。
そして俺もいままさに探してるよ。
そんな夜も、そんな明日も探してるよ俺も。
この曲を聴いて崩れそうになる自分がいて、それがまた自分が追い込まれていることに気付いた。
そういえば、あのTバック女のリサも当時36歳だった。
私ももう36だ。
期せずしてあの時生きててよかった!と何度も叫ぶ女と同い年になったいま、この曲が深く深く刺さる。
まだ終われん。
あの時リサは、どんな心の葛藤を抱えてたのだろう。
そんな疑問も、そんな思い出もしっかりと背負い、私は渋谷駅へ歩を進めた。
◯
今日現在、私の精神状況はかつてないほど限界にあると思う。
だが、それでも私は走っている。
逃げていいよ、と誰かが言う。
「逃げれたら苦労しねーよバーカ!!!」と叫びながら、私は走る。
周りのみんなも走っている。
知らない人も走っている。
知らない場所でも走っている。
走り続けるしかない。
その先の明日はどっちだ。
より素晴らしい夜はどこだろうか。
こんな迷走、自分以外の誰かに理解されてたまるか。
自分だけが辛いみたいなこと言いやがって。
そりゃツレェでしょう!
俺だってつらいわ!!!!!!
みんな頑張れ!頑張りましょう!
メルト
10年以上昔の大学生の頃、サブカル気取りだった私は、ベースボールベアーを楽しく可愛く歌ったり、『これちょっと自己満足だから』なんて前置きをしてから本意気で椎名林檎を歌い上げる女子が心の底から嫌いだった。
そしてジャニーズやEXILEはもちろん、湘南の風で場を盛り上げようとする男子も同様にむちゃくちゃに嫌いだった。
そんな連中と合コンをした時の話だ。
当然二次会はカラオケであり、それこそ湘南の風や嵐が乱発される中、私はすっかり沈黙していた。
ふと横を見ると女性側参加者の一人、名前はイズミちゃんだったと思うが、イズミちゃんも閉口しつまらなさそうにしていた。
「歌わないの?」
『あんまりこの辺の曲知らなくて…』
「そうなんだ。でもお金もったいなくない?好きな歌とかいれても大丈夫だよ」
『逆に歌わないんですか?』
「湘南乃風苦手なんだ」
『なんでですか?』
「モテキって漫画でもあったと思うんだけどね。パスタ作っただけでベタ惚れの世界観無理すぎて。だから俺、流れぶちきって好きな歌入れるからイズミちゃんもその後歌いなよ」
そう言いながら私はメジャー中のメジャー曲、ジターバグを歌い上げた。
泣く子も黙るELLEGARDENだったがどうやらこの合コンに参加した連中は誰一人ジターバグを知らないようだった。
盛り下がる室内。
「イズミちゃん。チャンスだよ。俺めっちゃ滑ったから。今なら何入れても無敵だよ」
『…めちゃくちゃ恥ずかしいですけど入れてみます』
そう言って彼女は私の知らない曲を入れ、静かに歌い出した。
朝目が覚めて真っ先に思い浮かぶ、君のこと
思い切って前髪を切ってみたの。「どうしたの?」って聞かれたくて
ピンクのスカート、お花の髪飾りさして出かけるの
今日の私はかわいいのよ!
メルト 溶けてしまいそう
好きだなんて絶対に言えない
だけど
メルト 目も合わせられない
恋に恋なんてしないわ私
だって君のことが好きなの
あまりに高音なサビに必死に食らいつくように、イズミちゃんは豪快に歌いあげた。
それは決して美声でもなければ上手くもない歌だったが、その声にならない高い声をマイクを両手で握りながら叫ぶイズミちゃんはとてもかっこよかった。
「めっちゃ良かったよ!!」
『恥ずかしい…ほんとですか?』
「うん超かっこよかった!これなんて曲なの?」
『メルトです。ボーカロイドですよ』
「ボーカロイド?何それ?」
『知らないんですか?ボカロって言うのは…』
○
その後紆余曲折を経て私はイズミちゃんとデートをすることになった。
あの時友人の一人が私に「あの子と付き合うの?絶対やめといたほうがいいよ」と告げてきた。
「いやでも顔は結構好きだし」
「多分えぐいぞあの子」
その忠告を真面にとりあわずに彼女とデートをすることにしたわけだが、実際二人で会って遊んでみてその忠告の意味を知ることになる。
待ち合わせの際だ。
「SEIBU前です。軽く迷いました」
『粘土』
「え?」
『粘土です。粘土』
まったく意味がわからない。
簡単に言えば、彼女は電波系だった。
道理で合コンの時もぼっちだったわけだ。
あろうことか、サブカルを気取り尖っていた私がまんまとその磁場に引き摺り込まれてしまったというわけだ。
デート中もその奇抜なキャラクターはおさまることを知らず。
内容を全て書いてしまうとキリがなくなってしまうので思い出せる限りを箇条書きにしたいと思う。
以下、デート中の会話である。
・ゲゲゲの女房が超面白いんですよー
・三銃士が超面白いんですよー
・中川翔子が一日でめちゃくちゃブログ更新するんです。だから私も負けじとブログ更新して勝負したんです。この日記戦争がはんぱじゃなかったんですよー
・友達にmixiアク禁されてるよって騙されて靖国神社でお賽銭5円いれました×2セット
・ディズニーモバイル購入も気に入らず3時間で機種変→そのわずかな時間内でのパケット通信料8000円請求されちゃったんですよー×3セット
・親友のりなーちゃと実は4日連続であってるんですよー。今日も直前までいました×3セット
・妹が家の前でイチャついている姿に動揺してついつい妹の名前を叫んじゃったんですよー→その瞬間我に返りあわてて隣にいたりなーちゃの名前を連呼したんですよー→ごまかしきれず妹に怒られました×3セット
・妹に公園に追いやられ30分間がっくりしました×3セット
・家に帰るなり妹に「付き合うことになりました」「彼も私のこと好きなんだって♪」→知らねぇよ×3セット
・バイト先の山田くんにラーメンデートに誘われてるんですよ。山田無双ですよこれは!×2セット
・バイト先にDQNがきました。カニクリームコロッケ買ってきました。×3セット
・ハムスターを昔飼ってたんです。ハムスター嫌いのおじいちゃんに玄関でハムスターの世話を頼んでしばらくしたらハムスターがにげちゃったんです。あれ犯人は絶対おじいちゃんですよ。
・私、便所メシじゃありません!便所の前でメシ食べてるだけです!×2セット
・今日はりなーちゃと直前までいたからこんなに喋れるんです!×数えきれない回数
胃もたれしてしまうわ。
しかもこのからみに謎のハンドジェスチャー、まるで納豆をこねるようなしぐさがもれなくついてくるのだからたまったものではない。
彼女はこの後私の家に来たいとゴネた。
それを断るとそれならば私の家の近くの漫画喫茶に泊まるときかなかった。
私は自分の最寄り駅とは正反対の距離にある、新百合ヶ丘の鈴木の家を教え、新百合ヶ丘の漫画喫茶へ彼女を導き、「俺は家にいるから何か困ったらさっきの家に来て」と伝えた。
すぐにその後私は彼女を着信拒否とメール受信拒否をし、小田急線を使い本来の帰宅ルートを迂回して家に帰った。
「なんか夜中にお前の名前を叫びながらピンポン連打するヤバい女が来たけど…やめろや…警察呼ぶぞって言ったら帰ってったけど」
翌日鈴木からクレームを受けたが、それ以降の彼女からのアクションはなかったので私はホッとした。
なんであんな素敵にかっこよく歌を奏でる女の子が、ヤバ子ちゃんになってしまったのだろう。
いずれにせよ、もうサブカルは気取るべきではない。そしてボカロ好きの女は敬遠しよう。
こうしてミーハーDD男子になり、ボカロがライバルな吉木りさを愛するようになってから10年以上の年月が流れた。
○
あのイズミちゃん鈴木宅襲撃事件から数週間後、一度だけ彼女がアクションを起こしたことがあった。
鈴木から「なんかやたらカッコいい怪文書が届いたんだけど」と告げられ内容を訊くと
「"彼に伝えてください。女を舐めるな"だってさ」
というものだった。
「熱いな」
「いや熱いなじゃなくて巻き込むなよ」
鈴木は怒っていたが、私は特に恐怖も怒りも感じず、ただただヤバい子だったなーと耽るのみだった。
現在に戻り、一昨日そんなことを突然なんとなく思い出した。
イズミちゃんはいま何をしているのだろう。
そう考え、早速Facebookで彼女の本名を検索せると、すぐになんとなく憶えのある顔アイコンが現れた。
まぎれもなくイズミちゃんだった。
そして彼女の全体公開の最終ステータスが"2019年 結婚しました"になっていた。
マジかよ結婚したのかよ。
旦那の顔は映っていなかったが、幸せそうに居酒屋で日本酒を飲むワンショットの彼女の画像は、やはりちょっと怖かった。
「こりゃ旦那もバカだな」
そう思いながら友達申請ボタンを押したわけだが、今日先程彼女のページを確認しようとしたところ、検索にも引っかからなくなっていた。
これはブロックされたということだ。
10年の時を超え、かつて私が行ったリジェクトが自分自身に帰ってきたのだ。
イズミちゃんの旦那さんはどんな人なのだろうか。
イズミちゃんが前髪を切ってみたら「どうしたの?」と言うのだろうか。
天気予報のウソでカバンの中の折り畳み傘にため息をつくと「しょうがないから入ってやる」なんめ笑ってくれるのだろうか。
お願い、時間を止めて。
そう思わせるくらいの素敵体験を旦那は彼女に提供したのだろう。
私はメルトを口ずさむ。
誰を想うでもなく、高音をブサイクに出す。
そして一息つき、しみじみとゆっくり思う。
あれ、対応もうちょっと間違ってたら、下手したら殺されてたな、と。
あの日メルトを歌った君へ。
結婚おめでとう。中年の過去語り舐めんな。
小切山、宇宙へ
15年前に映画を撮った。
映画と言っても大それたものではなく、大学内コンクール用の応募作品で、わずか20分程度のものだ。
もともと映画が私は好きだった。
高校時代は学校をサボっては親から貰った金で映画館で映画を観ていたし、土日になれば平気で朝から晩まで映画館巡りをして、その場所場所でしか上映されていない作品を観ていた。
それ自体が好きだったし、何よりそういう高校の過ごし方がカッコ良いと思っていた。
映画制作の専門大学へオープンキャンパスとは違うキャンパス見学へ行った際、案内してくれた大学生が「悪いけどこの大学、最低でも月に30本、年間300本は観てないと通用しないよ?キミいくつくらい観てる?月」と問いかけてきた時も「まあ最低でも30本は観れてます」と言い放てるくらい映画を観ていた。
男子校で彼女もいない私に30本映画を観ることなんて造作もないことであったのだと思う。
結局その大学には行かず、日に日に映画欲は薄れていき、月30本どころから年間20本も観れないような2年間を過ごし、ほとんど映画への興味を失ってしまい、初めて訪れたモテ期を満喫してしまった。
その為この学内映画コンクールの話を聴いたときも決して乗り気ではなく、むしろまあそういう経験が就活に有利っぽいからやっとくか程度だったと思う。
サークル内チーム分けの日、打合せとは名ばかりのメンバー同士による自分の好きな映画の発表会の際、「紀里谷和明のキャシャーン」と答えた私は激しくバカにされることになった。
中でもイケメンでジャニーズ顔の小切山くんは「邦画は無いでしょ、どうやったって洋画に勝てない。紀里谷和明のキャシャーンはその代表例だ」と言い、自身のオールタイムベストを「インデペンデンスデイだ」と言った。
サークル内で4作を学内コンクールに出展する予定であったが、兼任ありとはいえ小切山くんのチームは20人以上となり、私のチームは私をいれてわずか3人だった。
○
コンクール作品には「禁煙」という共通テーマがもうけられていた。
1ヶ月あまりの期間であったが、学食に行くたびに小切山くんのグループが大人数で席を陣取り、大声で次の撮影スケジュールについて歓談しているのを目にするのが、毎回嫌で嫌で仕方なかったのを覚えている。
「持ちうる資源、人間、時間、予算…その全てを使い切って素晴らしい作品にしたい。壮大なものを作ってみせる
」
彼はそう言っていた。
作品発表会当日、私のグループが出した作品はグループメンバーの実家内で、喫煙をしている主人公を喫煙により何もかもを失ってしまった未来の主人公が追いかけまわすというホラー作品であった。
健康被害を受けるであろう臓器を家の中から一つずつ探し出し、それで自身をアップデートすることでどんどん未来の自分が浄化されていくのだが、最終的には根源たるタバコを断つか生命を断つかを迫られ、突如現れた死神に何の前触れもなく大金を献上し、未来と現在が肩を組んでめでたしめでたしとなるストーリーだ。
自分達は皮肉をこめたつもりだったが、今にして思えばまあありがちな話であるし、発表会の場でこれが大スベリしていたのはハッキリしている。
順位こそつかなかったが、あれは紛れもなく最下位だった。
一方小切山くんのチームの作品は凄まじかった。
20分のその全てを、所謂大学の名物教授のワンショットに費やし、この教授がカメラに向かって「私の講義をきかない生徒を改善する方法は…禁煙!!」「スクールバスの本数を増やすのに一番に必要なものは…禁煙!!」
と何かと気になる事象の要因を喫煙のせいにして禁煙を呼びかけるという、エンタの神様低迷期のネタのような作品だった。
これが大ウケだった。
何より観に来ていた教授陣は大爆笑で、これを作った人は天才だとまで言っていたくらいだ。
打ち上げで小切山くんは「NASAに行って仕事をしたい」と言った。
「行けるよ、NASAだろうがCTUだろうがNCISだろうが」と彼に伝えると「ありがとう」と目も見ずに私に言っていた。
その後は何やら小切山くんは同じチームメンバーとクリエイティブなことでああでもないこうでも言い合いになり、喧嘩寸前になって取り巻きの高田さんが『二人ともやめなよ!』と大声でとめていたような気がする。
○
打ち上げ終了間際に石川さんが我々に話しかけてきた。
『コンクールに参加してた方ですか?』
と。
「そうです。一番つまんなかった作品の」
『ごめんなさい、出番の関係で観てないかも』
石川さんは同学年の筆頭女子で、入学式の新入生総代も務めていたほどで、私が彼女と話せる機会はこれまで一度もなかった。
その彼女が、私達が出した作品がなんなのかをロクに聴く気もないくせに、なんとなくで挨拶をしてきたことに私はウンザリしてしまった。
そして彼女は小切山くんのチームのメンバーだった。
「石川さんのチームの作品はすごかったですね。誰が考えたんですか?あの教授に漫談させるって案は」
『全員ですね!とにかく一生懸命考えました!!』
「へー。すごいなー。かなわないなー」
『ちなみにそっちはどういう作品だったんです?』
「いやー。そちらに比べれば語るにも値しないくらいなので」
『そうなんですね。それじゃまた!』
内容も聞いてくれんのかい・・・
本当であれば総代表たる彼女に言いたいことをぶつけたかった。
内輪うけだけのクソ作品ですよね?とかあれ映画じゃなくて単なるインタビューでしょとか。
NASAってNASAですか?彼バカでしょ?行けるわけないでしょあれで?とか。
しかしそれを伝える機会すら彼女はもうけなかった。
少なくとも、このコンクールにおける作品としては、あんな内輪ウケの5分程度で思いつくネタが、優れていたということだ。
「どの作品も素晴らしかったが、小切山くんは審査員が求めている、欲しているものに限りなく近いものをぶつけてきた。そこが他との差だ」
打上に参加した審査員の教授が酒をあおりながらそう語った。
「それの何が”映画”だよ・・・」
同じチームメンバーがボソッとつぶやいた。
〇
20数年ぶりに家でインデペンデンスデイを観た。
あまりの面白さろと素晴らしさに、私は興奮を覚えた。
少年時代観たこの作品は、こんなにも面白いものだっただろうか。
同時に上述の思い出がよみがえった為、このようにブログに記している。
小切山くんも石川さんも、その後どのような人生を歩んでいるのかは存知ない。
だが少なくとも、それは審査員が求めるものを的確に提出したから評価された映画ではないと思う。
あの時思っていたことを吐き出すように、私はひとり狭い静かな部屋でつぶやく。
「お前らが映画語るなくそ!!!!!どいつもこいつも!」
私は映画館に行っていない。
いまは年に2回訪れれば良いほうだ。
コロナ渦まっただなかだった2021年に関しては、ついに物心ついて以来初めて、1年間で1度も映画館に行かなかった。
何年か前にミッドサマーを映画館で観ようとし、ロビーで爽健美茶を購入しようと並んでいると、真後ろに並んだ複数回目観賞の映画オタク3人組が大声で思い切りネタバレトークをかましてからというもの、このサブスク全盛の世でわざわざ感染リスクも負い、人混みにまみれ、不快な思いまでする映画館に行く意味はまったくないと悟ったからだ。
いまもこの世界であまりにもたくさんの作品が生み出されていく。
目的はさまざまだ。もちろん、誰かの要求にこたえるためだけの物もある。
とあるオンラインサロン先駆者がSNSで声高に叫んだ。
「他人の一生懸命を笑うな!」
と。
そうだね。その通りだ。一生懸命だったらそれで良い。笑うことなんかしない。よくやった。
ならまずその一生懸命を一生懸命見せてくれよ。
後付けで一生懸命アピールする奴が、不安を払拭するように一生懸命だと叫ぶから、それがちゃんちゃらおかしくて笑うんだよ俺は。
あのわずか20分の屈辱。
どこかで返す機会を、俺はこれからの人生で探していくよ。一生懸命ね。特別お題「今だから話せること」