奢る奢らない論争外伝
奢る奢らない論争というものがある。
おそらく何年も前からそれは存在していたのだろうが、再燃したのはいったいいつからだっただろうか。
多様性、人間価値・・・そういったものに時代がフォーカスするようになったことがきっかけに思えるがとにかく、”デート代は男性が奢るべきか、それとも女性と折半すべきか”という議論は、双方性別の固有の考え方もあるのか、とにかく収拾がつかない。
平等性、デートにかかる労力、常識・・・あらゆる観点から、各々がその部分については考え方をもっているのだろう。
あくまで私個人は、”デートは全額奢る”派だ。
これはシンプルに、私は自分に自信がないので、”こんな私に時間を使ってくれる対価”として当たり前のものだと思っているからだ。
なので”男性が払う”、”女性が払う”、ということではなく、”私は払う”だ。
それを踏まえてこの日記を読んでいただければと思う。
〇
『私の友達にはね、男性なんだけど凄い人がいるの。きっとあなたの人生変えてくれると思う』
「あれ?それはマルチとかネットワークうんたらの切り口に聞こえますが」
『ううん。ビジネスはやってない。お金ももらうつもりもないの私も彼も。でもあなたの性格とか今までの経験とかで辛かったり変えたいことをね、彼は手助けしてくれるはず』
「それが詐欺っぽいですよ」
『ほんとにそんなことないよ。一銭もいらないしなんの登録もない。ただその友達に会ってみてほしいんだ』
青は私にそう告げると、すぐに携帯電話を取り出した。
「いやあ、恥ずかしいですし、やめときましょうよ」
『でもほんとにすごい人だよ』
「どんな人なんです?」
『まず帰国子女だから何か国語も話せるの。コンサルタントだから相談もうまいし。とにかくトークは面白い。たとえば乱交パーティとか行ってもね、絡まないでずっと喋ってるから司会とかやらされるんだよ』
「なるほど、”まわす”のがうまいんですね」
『ほんとすごいよ。全部面白いし。いまから呼ぶ?』
「乱交するってことですか?」
『何言ってんの?w』
「いや、だって乱交パーティ云々って」
『あはは。とにかく呼ぼうか?』
「いやいいですよ。すごい人と会うとか萎縮するし」
『大丈夫だって!会ってみなよ』
「あの、結構です。別に変わらなくていいし、なんならわざわざ初対面の男にプライベートで会うなんてまっぴらなんで。僕恋愛対象女性ですから」
はっきりと面会を断ると、青は露骨にふてくされてしまった。
青と出会ったのはもう15年近く前だ。
mixiで日記を書いていた私がとあるコミュニティに入会し、そのオフ会で初対面を果たした。
その直前に当時20前後の私に50前のおばちゃんがすごく慣れ慣れしく触りまくってきて、しまいには酔っぱらって私の陰部を触ってきたので「触るなばばあ」と一蹴したところ、そのばばあは泣いてしまい、それを見た青が説教をかましてきたのだ。
私からすれば性被害の自衛なので、怒られる筋合いがないと思っており、青に対しても非常に感じ悪く接し、それがさらに彼女を激怒され、その場で出禁を通達されたのだ。
それから15年後の昨年末、mixiで別アカウントで日記を書いていたところ、私だと気づかない彼女がコメントで絡んできて、あれよあれよというまに飲みにいくことになったのだ。
過去が過去だけにばれる可能性もあったが、さすがに15年もたったしあの頃イケメンであった私は現在は見る影もないほど劣化しているため、気づかない可能性のほうが高く、そこにかけるには十分であった。なぜなら青はエロいからだ。
過去はいくらでもリセットできる。
それの証明のためにも、青とのsexは不可欠であった。
それなのに・・・。
彼女の言う”友達”が誰なのかもわかっている。
私ががあの15年前のオフ会でばばあに絡まれまくった際に、「お前人生の先輩なんだから言うこと聞けよ!」と煽ったあの中東系の男だろう。
彼は青の言う面白いなんてことはなく、ただずっと下品なことをしゃべり続けるだけだったし、そのつまらなさに反した自分は面白いという自信が本当にサムく、共感性羞恥が沸いてすごく嫌だった。
よって会うわけがないのだ。
そんなことより、私はsexさえできればいいのに。
目の前の青の不貞腐れは露骨で、見るに堪えないレベルだった。
〇
トイレから戻ると、青が別の男性と楽しそうに談笑していた。
途中から隣の座席にきた単独客で、年齢は48から55くらい。
若作りのえぐいオッサンだった。(木下ほうかをイメージしてほしい)
このオッサンは私が席に戻るなり、「お兄ちゃん、ちゃんと彼女の話聞かないとダメだよ」と言ってきた。
どうやらこれまでの私と青の会話を隣で聞いて、不貞腐れている青に私が不在の間に話しかけたようだ。
「こんな美人相手なんだから、全部男は言う通りにするの。じゃないとやれないよ?」
『ちょっとお兄さんwでもほんとだよ!』
実は私はこういう居酒屋に男女カップルでいくと、こういう単独オッサンに絡まれる機会がわりと多い。
そしてこういう、絶対あわよくば女と絡みたくて居酒屋来てるだろ系単独オッサンが絡んできた場合は、まるで彼がそこに存在していないかのように無視するの限る。
適当に愛想返しするとこいつらは加速して、なんなら永遠と絡んできかねない。
なので私はこの木下ほうかオッサンの絡みを本当に一切無視し、青に性加害をした。
「ねえ青さん。今日のパンツは何色なの?どんな下着?最後にヤったのいつ?誰と?」
といった感じに。
すると最初は「お前面白いこというね!」なんて言っていた木下ほうかはだんだんと不機嫌になっていき、最終的に「無視すんなよ」という問いかけを私が無視したことで激怒し、「お前表出てやるか?おい」と暴行をにおわせてきた。
本来であれば女性の手前恥ずかしいことはできないので、無視しても引き下がられたときは早々に退店し、店を変えることにしているのだが、今回はその女性が青なので、まあ胸倉つかまれでもしたら警察呼んで被害届だそうくらいの気持ちになっていた。
しかしここで青は『ちょっと待って!』と間に入り、何やら木下ほうかと小さい声で話をした。
木下ほうかは私を強くにらみ続けはしたが席に座る。
『もう出よう』と青が私に言うので、それに従い私は会計をした。
しかし私が怒りを感じたのは、ここからである。
〇
居酒屋を出た後、私の腕を引っ張る青に逆らうように私は立ち止まり、もらったレシートを見ていた。
冒頭記述した通り、こういう場面でのお会計は全部私が負担するつもりでいたので、当然のように支払いを一人で行ったのだが、その金額に違和感があった。
そしてレシートを見てみると、確実に頼んでいない飲食物が含まれているのがわかった。
トマトハイ、グレープフルーツサワー、くじらベーコンに串焼き5種・・・
このあたりは私はもちろん、たしかに青も注文していないはずだ。
「ねえ青さん、なんか会計間違えられてるかも」
『どれ?見せて』
「なんか別の席の会計が混ざっちゃってるみたいです。この辺頼んでないですもんね」
『ああー。大丈夫。あってるよ』
次に青が放った言葉は、私には信じられないものだった。
『さっきのお兄さん(木下ほうか)に迷惑かけちゃったでしょ?だからお詫びにあの人の飲食代も全部こっちの席につけてもらったから』
それが耳に入るやすぐに事態を脳が把握し、私は大声を出してしまった。
「はあああああああ!!!!????」
『迷惑かけたんだから仕方ないよ』
「はああ!?かけたも何も絡んできたのあっちでしょ?何言ってんすか?」
『先に話しかけたのこっちだし、実際失礼もあったじゃん』
「話しかけてねーし、むこうが絡んできておいて失礼もクソもないでしょ」
『いや、私から話しかけたから』
「はあ?なら青さんが払ってくださいよ」
『ごめん。ちょっと持ち合わせが』
「ならあのオッサンの分だけでいいですよ。4,000円くらいです」
『ごめん、今なくて』
「4,000円が?」
『うん』
あまりにもムカついたのと呆れもまじり、私は周りに響くようなあえて大きな声で
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
と深い深いため息をついた。
そのため息はもはや暴力に近く、青はびくっ!と動きを止めた。
「お前もういいからその友達の凄いやつに4,000円持ってこさせろ今すぐ」
そう捨て台詞を吐いて私は彼女に背を向け、一人で駅に帰った。
これを記している現在も、この怒りは燃え盛るばかりだ。
思い出すだけで腸が煮えくりかえる。
トータルすれば金額は20,000円くらいで、勝手に青がつけたオッサンの金額は4,000円程度だ。
だがそんな金額がどうこうではなく、単純に彼女がとった行動に本当に頭にきている。
許せない。だめだ。殴りたい。
親の前とかで殴りたい。
〇
そもそも、奢る奢らないに関しては、単に関係性によるだろう。
初対面であったり、そこまで関係が構築されていない相手については、それは人間なのだから、まず当たり前に財布を開いてもらえるなんてことはありえないと考えるべきだ。
その関係性でいけば、ずっと口説いていたガールズバー嬢がプライベートで出かけたときに何も言わずに割り勘で飲食代を支払ってくれたのがとんでもなく気持ちよかったのを覚えている。
仮にそれが戦略であったとしても、素晴らしいことだ。
それに比べて青は0点だと思う。
そりゃあ身体は爆弾だ。だがそれが身を結ぶのも関係性ではないか。
15年前、彼女は私に『失礼だ。謝れ』といった。
ならば現在、私はその言葉をそのまま彼女に返すべきだ。
「失礼だ!誤れ!氏ね」
もっとまともな出会いは、私には訪れないのだろうか。
少しだけ、怒りとともに、悲しくもある昨今だ。